残酷なペドロリーノ

「“     ”ですよ。縁寿さん」

その時、一際強い風が吹いた。

乱れる髪を押さえながら天草に聞き返してみても、彼は答えなかった。

天草はしゃがんで足元のラジカセのスイッチを入れる。がしゃんとテープの動き出す音が聞こえた。やがていつだかに聞いたアップテンポな音楽が流れ出す。なんと言うアーティストだったかは朧気にしか思い出せないが、この曲の歌詞が日本語でないことだけは私にも分かった。

「知ってますか、縁寿さん。英語の曲ってのは陽気に残酷なことを歌い上げるんです」

目線を上げないまま、天草は言う。その右手は退屈そうに音量のつまみを右に左に回していた。

「そういうの、俺、結構好きなんです。この歌だって曲調こそ明るいですが、中身は重っ苦しいんですぜ。誰それが『死んだ』とか『殺された』とか。でも全くそんな風に聞こえやせんのです」

「…………まるでピエロのようね」

それは小さい頃にテレビで見たことしかないのだけれど。

頬には涙のメイクがあって泣いているように見えるのに、口元はにんまりと笑っているというちぐはぐな表情がとても印象的だったのを覚えている。ちぐはぐな顔のまま、彼らは無言で滑稽に踊りだす。

何故か一瞬、その姿が天草に重なったような気がした。

つまみを弄くることを止めて顔を上げた天草は、何故か目を丸くしていた。

私、何かおかしなことでも言ったかしら…?

「…縁寿さんて、なかなか面白い発想をしますね」

「何よ……馬鹿にしてるの?」

「いやいや誉め言葉ですって」

力なく両手をひらひらと振りながら、天草はいつものように軽薄そうな笑みを浮かべる。

いつもの天草。

だけど私は、今まで好感は持てなかったが不快にも感じなかったその表情にわずかな違和感を感じた。

ねぇ天草。

そうやって、あなたは一体、誰を騙し続けているの…?

「残念だけど、私は好きになれそうにないわ」

「…? この曲がですかい?」

「違うわ、ピエロの方」

首を傾げたままの天草を置いて歩き出す。ややあって追いかけてきた彼の足音が隣に並んだ。当然、彼の持っているラジカセもついてくる。

踏み出した足が、こつんと石ころを弾いた。その時がしゃんとテープがなり、オートリバース。テープは狂ったように、同じ曲を流し続ける。エンドレスリピート、エンドレスリピート。

「ピエロ、ねぇ……俺は嫌いじゃないですぜ」

「でも、ピエロには心がないわ」

「それでも、どちらも変わらない。同じエンターテイナーなんです」

天草の右手が音量のつまみを捻る。鼓膜がおかしくなるくらいの大音量の中で、スピーカーが叫んだ。

―――“nevermore!”

私は、思わず目をぎゅっと閉じ耳を塞いだ。

真っ暗闇の中でスピーカーはもう一度、割れた声で同じ言葉を叫んだ。