ずるずると。まるで足が棒にでもなっちまったような、あるいは爪先に付いた泥を落とそうと執拗に絨毯に擦り付けているような。そんな動作でお嬢が歩いてくるのが見えた。
顔色が優れないところを見ると、どうやらよほど堪えたのだろうなと無責任ながら思う。
こちらと目が合うなり、お嬢は眉間の皺を深くした。
「……今、何時?」
「ちょうど2時過ぎってところですな。よいこはもう寝る時間ですぜ?」
「…………じゃあ、…私がよいこじゃないのは、十中八九、伯母さんのせいね」
「ヒャッハ、まあそうとも言えますな」
差し出した腕にお嬢の腕が絡み付く。どうやら捲れた袖口から覗いた無数の痣を隠す気力も残っていないようだった。
「(…また、新しい痣が増えている。)」
お嬢はとにかくこの話をするのを嫌うので、こちらから何か言うつもりはないのだが。全く気にならない…と言ったらそれは嘘になる。
…まあこれが男なら俺も気にせずきれいさっぱり流せたんだろうがなあ。
そこから目をそらすように細い肩を抱き寄せる。その時掴み所が悪かったのか、目を閉じたお嬢の瞼が細かく震えた。
腕越しに身体が強張っているのを感じる。
「………あ…、まく、さ…」
お嬢の震えた唇が何かを紡ぐ前に自分の唇と重ね合わせた。唾液に混じって、ほんのり、鉄の味。
紡がれるはずの言葉は、果たして拒絶を示すものだったのか。深くは考えないことにした。
顔を離せば、ぼんやりと焦点の合わない目がこちらを見上げた。
それが泣きそうに見えたのは、過ぎた幻覚に違いない。
そして、きっと今俺は出来損ないのような笑顔を張り付けているのだろう。
「部屋まで送りますよ、縁寿さん。今の状態じゃ歩くのも辛いでしょう?」
「……そう、ね。天草、手を貸してくれるかしら?」
二人して、ぎこちなく手を取る。背中を支えようとした腕は触れる直前でとどまった。
「……………惨いわ、あなた」
「何がですかい?」
「……なんでもない。忘れて」
緩く首を振る彼女の頭上で揺れる、ピンクの髪留めばかりが目に焼きついた。
