緒戦

勝者、fine。

司会の宣言と共に、会場が沸き立つ。校庭の真ん中の、炎天下に晒された簡素なステージ。なんてことない、勝ち抜いて当たり前のただの緒戦。だが、何度も勝負を引き延ばされ、何度も舞台へと上がらざるを得ない状況へと追い込まれた。まさか、こんなにも早く彼らと戦うことになるのだとは思っていなかった。騒ぎを聞きつけたのか、勝敗がついた今でも会場には観客が駆けつけてきている。『事実上の決勝戦』とは実に言い得て妙だった。

「……正義は、必ず勝つんじゃなかったのかい?」

問いに答える声はない。隣に立っている千秋はただ真っ直ぐに、前を見据えていた。

いつかの、薄暗いライブハウスでのやり取りを思い出す。危険を顧みず、どれだけ傷つこうともただ真っ直ぐにこちらだけを見つめて、無我夢中に手を差し伸べる。己一人では助け出す力もないくせに、この場を切り抜ける策もないくせに、どこにも根拠がないくせに、『大丈夫だ』と繰り返す姿はとても頼りなく、弱々しかった。

あの時の彼と、今の彼は、一体どう違うというのだろう。

「わからないな」

どうしてそこまで他人のために怒れるのか。どうして他人のために己を犠牲にできるのか。どうして、負けたというのに、そんな満ち足りた顔ができるのか。

「今のお前には、到底分からないさ」

「ずいぶんな物言いだね」

そうやり取りをしている間にも、スタッフたちは次のライブに向けて慌ただしく動き回っている。勝負の余韻に浸っている暇などどこにもなかった。これはただの緒戦。まだ、何も終わっていないのだ。

僕たちも、そろそろ行かなくちゃ。歩き出そうとした視界がぐにゃりと歪む。思っていたよりも体力の消耗が激しかった。だが、まだここは舞台の上だ。まだ、倒れてはいけない。観客の前で、無様を晒すことだけはできない。そんな気持ちとは裏腹によろめく身体を、横から強く引き寄せられた。

「千秋……」

何も言わず、肩を組んだまま、自然な流れで観客に向かい手を振る。突然の出来事に動けないでいると、促されるように引き寄せる腕の力を強められたので、戸惑いながらも同様に振る舞った。

「さっきまで魔だの悪だのと散々言っていた相手を助けるだなんて……お人好しもここまでくると病気だね」

「助けるのは当然だ」

「それは、君が『ヒーロー』だから?」

その問いかけに、彼は違う、と静かに答えた。

「お前が、俺の友だちだからだ」

真っ直ぐな瞳に見つめられて、こちらの何もかもを見透かされているような気分になる。

そう、とだけやっとの思いで口にした。

「……そんなことを言われてしまうと、僕は、どうしたらいいのかわからなくなるよ」