頭がぼうっとする。
気が付いたら、私はまた温かいベッドの中にいた。ぼんやりした頭が、ゆっくりな動作で上半身を起こす。力がまるで入らなくて、ゆっくりとしか動けなかった。
太陽の光がうっすらと部屋に差し込んでいる。厚いカーテンのせいで、部屋は薄暗さを保ったままだったけど。
…太陽なんて、いつぶりに見ただろう。
………太陽。
レナ、と私を呼ぶ2つの太陽。二人の笑顔が、浮かんでは消えていく。
「リズ……マシュー……」
二人とも、いなくなってしまった。もう、二度と、彼女たちが微笑むことはない。
自然と涙が零れ落ちる。
そして、もうひとり。
…………ねえちゃん
放り出された冥い修道院の中で出会った、小さいけれど、強くて優しい男の子。
「フレディ…」
助けてあげられなかった。何もしてあげられなかった。あの時フレディは、助けられたことを後悔しないで、って言ったけれど……やっぱり、無理だよ。
静かな悲しみはやがて嗚咽となってぼろぼろと落ちていく。瞳から溢れ続ける涙を止める術を、私は知らない。
私はただ、声を上げて泣き続けた。
……ねえちゃん
フレディが、もう一度私を呼ぶ。
そうだ……あの後、私、フレディの横で倒れてしまったんじゃなかったっけ。
だけど私は今、屋敷にいる。
フレディ、何処にいるの……
「……うぅっ…フレディ…っ」
「なに? ねえちゃん」
「………………え?」
一瞬、聞こえるはずのない声が、聞こえた。
ぼろぼろと涙が流れていく中、その方向に顔を上げると、そこには………仏頂面のアーウィンと、もうひとり、グレーの瞳を携えた少年が、いた。
視線を泳がせながら、あー…、と意味のない声を上げていた少年は、深呼吸をしてから私に向き直る。そして、あの人懐っこい顔で、笑った。
「……なんだか、オレ…ねえちゃんのおかげで生き返っちゃったー…みたい?」
後半は恥ずかしいのか、後頭部に手を当てながら、ごにょごにょと言う。
その言葉を何度も何度も頭の中で反芻する。その言葉の意味を、ぼんやりした頭で、何度も何度も考える。
そして、ようやく口に出来たのは、彼の名前だけだった。
「…………フレディ、なの?」
「うん」
小さく震えたその声に、力強くフレディは頷く。
「……フレディ」
「うん」
「怪我は、平気なの…?」
「うん。ねえちゃんが治してくれた」
これは、夢…?
ちらりとフレディの背後からじっとこちらを見下ろしていたアーウィンを見上げる。目が合うと「…ふん」面白くなさそうに、顔ごとそらされた。
ねえちゃん、とフレディが呼ぶ。それはもう、幻なんかじゃなくて。振り向けば…ほら、ちゃんとフレディがいる。
「ただいま」
その一言で、…私は。
再び泣き出した私を見て、フレディはひどく慌てていた。背中をアーウィンにどつかれる。
「驚かすなと言っただろう」
「…だーから! これはさすがにしょーがないでしょ、オレだって精一杯頑張ったの!」
ふたりのそんなやり取りさえも、うれしい。
フレディ、と名前を呼べば、返事が返ってくる。私と目線を合わせて、フレディは微笑む。その頬に、そっと指を這わせる。…あたたかい。
それは私の求めていた、ヒトの、ぬくもりだった。
「フレディ」
「うん」
「フレディ…!」
「うん」
あなたはとてもあたたかくて、私はあなたに触れることが出来て、あなたはちゃんとここにいて、笑っている。私は………、
私は今、幸せなのかもしれなかった。
そして私は、彼のただいまに答えようと、口を開く。
「おかえりなさい」
その声は、カーテンの隙間から差し込んだ光の中へと吸い込まれていった。
