ほっと胸を撫で下ろして、改めて目の前に広がる景色を見遣る。
蝉の声がじわじわと響く見知らぬ街。
まだ家を出て数十分ほどしか経っていないのに、随分遠くへ来てしまったんだなと、ぼんやりと考えていた。ズボンのポケットに入れたままのスマホがぶるりと震えた。そういえば、前の駅で『もうすぐ着く』とだけ送ったまま、それきりだった。どうやら、向こうもちょうど到着したらしい。
画面を確認しようとポケットに手を突っ込んだところで「翠くん」と少し上ずった声が聞こえた。幾重にも重なる蝉の声に掻き消されることなくまっすぐ届くこの声を、俺はよく知っている。
「鉄虎くん」
そう呟くと、彼は満足そうに微笑んだ。
「こっちッスよ」
