ミスター・バッドエンドは笑う

空は抜けるように高く、そして青い。

…全く。こんな日になんて似つかわしくない空模様だろうか。

一際強い波が崖に打ち付けられる音がする。だいぶ波も高くなってきた。あの船長はもう新島に戻ったのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えながら、海を眺める。

..

海は、青い。

「………俺にも見えたんですね、青い海」

以前お嬢から聞いた、青い海の話を思い出す。

そういえばお嬢も、いつか青い海を見たいと言っていた。果たしてお嬢が今日この島で見た海が青かったのか、今はもう確かめることはできないが。

「…お嬢、海は青いですぜ。見えますか?」

返事はない。

それはもう、分かりきっていること。

与えられた命令通りに仕事をこなした。いつだって、俺は命令に忠実だった。

例え殺す相手が、俺の大切な誰かであっても。

俺は躊躇いなく引き金を引ける。

(…そうやって今まで生きてきたのだから、これからだって、きっと)

そして、俺は…、

「縁寿さん……」

お嬢は地面に横たわってまるで眠っているかのように、瞼を閉じたまま。動かない。

…大切だった。せめて、他の誰かに殺されるくらいなら自分の手で、苦しまずに殺してやりたいと思えるくらいには。

憎いワケじゃない、恨んでいたワケでもない。全ては予定調和なのだ。俺は与えられた仕事を、忠実にこなしただけ。

お嬢の額に張りついた前髪を避けて、そこに口づける。

…それで許されるとは思っていないが…俺なりの、せめてもの手向けとして。

お嬢の護衛依頼と暗殺依頼を受け、結局、俺はお嬢を殺すことを選んだ。どちらかを選べば、どちらかを裏切らなくてはならない。この2つの依頼を同時にこなすことは不可能である。

期限までお嬢の護衛を続けることも可能であっただろう。だが暗殺依頼は、俺が反故にしたとしても、きっと他の誰かがまたその依頼を受ける。そして俺の預かり知れない所で、お嬢は、…縁寿さんは、必ず殺されてしまう。

「………エゴですね。大切なものだからこそ、自分の手で壊したいだなんて」

引き金を引くことに躊躇いはなかった。後悔も、悲しみもなかった。

…ただ、

「ねえ縁寿さん。あんたの護衛の契約期限、まだ終わってないんですよ。……だから、それを反故にしたとなっちゃあ、俺の沽券に関わるとは思いませんかい?」

ホルスターから愛用の拳銃を取り出す。ずしりと伝わる冷たい重みが果たして本当に人の命より重いものなのか、未だに確かめる術を俺は知らないワケだけど。至極あっさりと、呼吸をするくらい当たり前に人の命を奪うことができる代物であることは知っている。

それをゆっくりと、こめかみへ当てる。

死人に口を出させるつもりはないが、もし縁寿さんがこれを見たら、なんて言うのだろうか。

あの縁寿さんのことだ。いつものさばさばした調子で「天草がそれでいいと思うのなら、それでいいんじゃないの?」とか言い出すに違いない。

でもそれは、俺が彼女のクールな一面しか知らないだけであること。彼女だって実際は、泣いて叫んで「死なないで」としがみついてくるかもしれないし。

…って……なんだよ、それ。

これじゃあ、なんだか俺が本当に縁寿さんが好きだったみたいじゃないか。

自分の陳腐な想像に苦笑いする。

まあそれも、後で本人に聞いて確かめれば済むことだ。

「ヒャハハハ! …縁寿さん。俺はまだあんたの護衛ですからね。煉獄だって、どこまでだってお供致しますよ」

「クール」

そして俺は引き金を、

…………。

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