六軒島へ到着して、申し上げ程度の質素な花束を携えたお嬢の背中を船長と二人で見送った。その姿が見えなくなるまで見送り続けて、やがてどちらともなくほうと息をつく。
道中に呟いていた言葉が少々気に掛かったが、今はお嬢を信じて待つ他ないのだろう。
信じる、ねぇ……。
自分で言っておきながら白々しいものだ。
待つと言いながらも既に追いかける準備を始めている自分を客観的に眺めては自嘲してみる。だが俺の行動は、船長にしてみれば予想内のことであったらしい。特に気に留めることなく、12年ぶりらしいこの島の景色を目に焼き付けているようだった。
船内から荷物を取り出し再び戻ってきたとき、船長が誰に言うでもなく呟いた。
「毎年、親族会議の頃になるとうみねこがにゃあにゃあ鳴いていてねぇ…。賑やかに迎えてくれたものだよ」
その言葉につられ空を仰ぎ見てみたが、うみねこの声も姿も見当たらなかった。目の前に広がる六軒島の景色では、波の砕ける音と暗鬱とした雲と森とが広がるばかりだ。
「雨、降りそうですなあ」
「ん、ああ…そうだね。縁寿ちゃん、早く帰って来てくれればいいんだが」
天気予報でも、天気は下り坂だと言っていた。
あと数時間もすれば、海は荒れ、波も高くなり、俺たちは文字通りこの島に閉じ込められてしまうのだろう。
誰もいなくなった孤島でサバイバル。それはそれで、デンジャラスで面白そうだ。だが些か経済的じゃない。
そうなる前に、なるべく早く事を済まして島を出ておくべきだろう。
だがそれがもたらす結果には目を瞑り、俺は軽いストレッチを始めることにした。追いかけるにはまだ少しだけ早い。
一通りのストレッチを終え、時計を見る。そろそろ10分は経つ頃だ。
やけに重たくのしかかる荷物を背負う。行くのかね、と静かに問い掛けた船長に、ひらひらと手を振り返す。
「縁寿さんのことは心配せんでください。おてんば姫様はちゃあんと俺が連れ戻してきますんで。川畑船長は安心して船の点検でもしといてください」
「そうか……なら、安心だ」
俺の言葉から船長は一体何を見出だしたのだろうか。小さく呟かれた「あんたみたいな人が縁寿ちゃんの側にいてくれて良かったよ」という言葉には気づかないふりをして、森の奥へと歩き出した。
踏みしめた砂利道は、まだ乾いているはずなのにざらざらと、足にまとわりついた。
