「猫を、拾ったわ」
「でも、その猫はすぐに死んじまいましたぜ?」
「ええ、だから私は泣いたの」
「それは、悲しいから?」
「いいえ、違うわ」
「じゃあ、なんで」
「私はあの猫のために泣いてなんかなかった。ただ、腕の中で動かなくなって、冷たくなっていく猫を見ていて『ああ、いつかは私もこの猫のように、苦しんで、死の恐怖に怯えながら死んでいくんだ』って思ったら、急に悲しくなったの。…私は結局、自分のために泣いたの。」
「…でも、それは自然なことだと思いますよ」
「どうして?」
「人生ってもんは、良くも悪くもエゴイズムによって成り立つもんだと俺は思うんです。だから、お嬢の人生にいくつもの、誰かの死が訪れるとして。そのうちのどれだけがお嬢のためだったのでしょうか。勝手に死んでいくモノたちのためにお嬢が涙を流すことはないんです。だって、その誰かのためにお嬢の人生が突然終わったり、或いは始まったりなんて、しないんですから。人間は、常に、自分だけを見つめ生きていりゃいいんだ。死んだモノを気遣う余裕があるなら、少しでも生き長らえるために努力をするべきだ」
「そうね、そうなのかもしれないわ。……でも、」
「でも?」
「誰とも関わらずに生きていくことは不可能だし、関わった以上はその誰かに訪れる死をないがしろには出来ないわ。それにもしそんな人生を歩んだとしても、私はちっとも楽しくない。きっとすぐに退屈してしまう」
「…………」
「お墓を作りましょう、天草。…そしてこの子が寂しくないように、花もたくさん添えましょう」
「それは、その猫のためですか?」
「いいえ、私のためよ。私がそうしたいと思ったから、この子のお墓を作るの。この子に花をあげるの」
「…さいですか」
「何か文句ある?」
「いいえ、とんでもない」
* * *
「………ねえ天草」
「はい、なんでしょう」
「もし私が死んだら、あなたは泣いてくれる?」
「……………さあ、どうでしょうね。見当もつかねぇや」
「ダウト。…あなたは誰かのために涙を流すような人ではないわ」
「……ひゃは、さすが縁寿さん。よくご存知で」
「……………私は泣くと思うわ。あなたが死んでしまったら」
きっと、きっと。
また私の大切な人がいなくなったのだと。
また私はひとりぼっちになってしまったのだと。
自分のために、私は泣くのだろう。
天草はじっと私を見つめて、それから困ったように笑った。
「……お嬢がそう思ってくれているなら、本望ですぜ」
