「なんですか、それ」
天草が指を差しながら訊ねてくる。
「空から飴玉を降らす方法よ」
だから私はコップの中身をスプーンでかき混ぜながら、さも当たり前のように答えてやった。はぁ、と気の抜けた返事をするあたり、どうにも納得がいかないらしい。
………それとも。
とうとう私の頭がおかしくなったとでも思っているのかしら。全くもって失礼な話だわ。
私はコップの底に絵の具が残っていないか確かめてから、それを窓際の棚へ置いた。水面が太陽の光を受けて淡く発光している。
その様子をじっと見ていたのだろう、背中越しにそれを覗き込みながら天草は言った。
「これ、何かのまじないですか」
「ええ、そうよ」
「お嬢は、本気で空から飴玉が降ってくるとお思いで?」
「……………さあ、」
「……“さあ”って、」
だって、有り得んでしょう?
天草はきっとこう言いたいに決まっている。
私だって、内心はそうだ。本気で飴玉が降ってくるとは思っていない。
でも、
「そのほんの少しの奇跡を信じてみたって、いいでしょう?」
これは、真里亞お姉ちゃんの日記の中で見つけた、小さな“シアワセのマホウ”のひとつ。
この魔法のタネは誰だって分かる。
でも、この日の真里亞お姉ちゃん、すごく嬉しそうだったから、私も。ちょっぴり試してみたくなったの。
明日の朝、何も変化がなくても、別に何かがあるワケでもない。
もし本当に飴玉が降っていたら?
やっぱりそれでも何もない。
どちらにしても、私の時間は、変わらずに流れていくのだから。
でも、その奇跡が叶った時には少しだけ。心があたたまるの。
それだけ。
それだけのために、私はこのちっぽけなおまじないを信じてみるの。
天草は何も言わなかった。
ただ、ゆらゆらと発光している水面を見つめながら、きれいな色ですね、と一言だけ呟いた。
翌朝、私は目覚めてすぐ窓を見た。
当然ながら飴玉は降っていない。そして空はどんより曇り空。今にも泣き出しそうだった。
だからといって落胆することもなく、今日という1日はいつも通りに始まっていく。
(でも。真里亞お姉ちゃんの魔法が否定されたみたいで、わたしはちょっぴりかなしい)
窓際のコップを片付けようとして、そこで気づく。
「……あ、」
中身が、空っぽになっていた。
そして空のコップの隣に、くしゃくしゃの四角い紙が一枚、落ちていた。つまみ上げてよく見てみれば「…いちごキャンディ、」それは飴玉の包み紙だった。
「……………」
「…おや。もうお目覚めでしたか」
その時タイミングを見計らったかのように、天草が入ってきた。心なしか、にやにやと笑いながらこちらを見ている気がする。
レディの部屋にノックもせずに入ってきたことは…、まあ今回は見逃してあげることにした。
「ねえ天草」
「なんでしょう?」
私はつまみ上げた包み紙を窓の薄明かりに透かして見つめながら尋ねる。
「空から飴玉は降ってきたのかしら」
「さあて、どうでしょうね。…まあ、そこに溢れんばかりに入ってた飴玉は全部俺がもらっちまいましたが」
「……アンタ、いちごキャンディって顔じゃないわよ」
「ヒャッハ、ごもっとも!」
じゃあこれは全部お嬢にあげますわ。
そう言って、ポケットにぞんざいに手を突っ込み、掴んだ飴玉で空のコップを満たしていく。その時ガラスと飴玉がぶつかりあって、からからと小気味のいい音がした。
「………つくづく芸が無いわね、」
「おやおや。動作がいちいち気障ったらしくて目障りだー、なぁんて文句言ってたのは何処の誰やら」
「時と場合によるわ」
「ひゃはは、さいですか」
へらへら笑う天草から視線を外し、溢れた飴玉をひとつ、拾い上げた。あの包み紙と同じいちごキャンディ。これを昨日の内から天草がせっせと用意していたのかと思ったら、なんだか笑ってしまう。
「…………………ありがとう、」
「はい…? ………………、はてさて。一体何のことやら」
笑いながら天草は飴玉を口に含む。それが歯とぶつかって、からんと音が鳴った。
