雨に濡れるのは好きじゃない。
靴の中までびしょ濡れになるし、服が水気を含んで重くなる。歩みは、自然と緩慢なものへと変わっていった。
気分が悪い、と言ってキャラバンから下ろしてもらったのだが、まさか、雨に降られるとは思わなかった。
秋の雨は肌寒い。体温はすぐに奪われて、奥歯は噛み合わず、ガチガチと音を立てる。
そんな時、僕は、思うのだ。
「はやく、僕を迎えにきてくれないかなぁ」
自ら生きることも死ぬことも選べない、臆病な僕の怠惰な祈り。
誰でもいいから、はやく、僕を連れていって欲しかった。しかし、誰かが僕に手を差し伸べることもなく、時間だけが過ぎていく。ゆっくりとせり上がってくる吐き気と寒気に、僕はその場にうずくまった。
それからどれだけ時間が過ぎたのか分からない。
今まで、あれだけ僕を打ちつけていた雨粒が、ピタリと止んだ。でも、目の前に広がる景色は相変わらずの雨模様。不思議に思って顔を上げようとする前に、ごつんと一発、後頭部を殴られた。
「あ痛っ」
「あ痛っ、じゃねぇよ馬鹿野郎。なかなか戻ってこねぇと思ったらこんなところでずぶ濡れになってやがって……」
ほら、帰るぞ。
そう言ってこちらに手を差し出したのは、染岡くんだった。その手を借りて立ち上がりながら、まじまじと彼を見上げる。普段から僕を邪険にしている彼が、こうしてやってきたことが不思議でならなかった。じっと見られているのが照れ臭いのか、染岡くんはそっぽを向いてしまったけれど。
「意外。君が来るとは思わなかった」
「あぁん?」
僕の一言にまたぐるりとこちらに向き直った。単純な性格みたいだ。
「来ちゃ悪りぃのかよ」
「別に、そういうことじゃないけど。君は、僕のことを嫌ってるみたいだったから」
染岡くんは、あー…と言いにくそうに顔を歪める。否定しなかったあたり、嫌い、ということはあながち間違いではないようだ。僕だって、初対面から敵意剥き出しだった人に好かれたいとは思わないけど、嫌いとなると、それはそれで胸が痛んだ。自分でも、自分勝手なやつだとつくづく思う。
そんなことを考えていると、ぽつりと、染岡くんが口を開く。言葉を探しているのか、視線はずっと宙をさまよっていた。
「確かに……、俺はまだお前のことを認めちゃいねぇ。だが、俺はもう決めたんだ。あいつの為にも、これからはお前と雷門のツートップをやっていくってな。俺たちで最強を目指すんだ。だから、ここでお前に風邪でも引かれちゃ困るんだよ」
これでも被っとけと、乱暴にジャージの上着を放ってくる。おそるおそる頭から被ってみると僕の真新しい雷門ジャージとは違うにおいがした。小さく「汗くさい」と言ったら、肘でどつかれた。
キャラバンに戻ると、心配したみんながわっと寄ってきた。マネージャーがあたたかいココアとタオルをくれた。
吐き気は、いつの間にか収まっていた。
冷え切った手を、コップの熱で温めていたら、後ろから頭を二度、軽めにはたかれる。染岡くんだった。マネージャーからもらったのだろう、肩には大きめのバスタオルを羽織っていた。そこで僕は、彼にまだジャージの上着を返していなかったことにようやく気がつく。
「俺たちはチームなんだ。お前ひとりの身体じゃあないんだから、もう勝手にひとりでどっか行くんじゃねーぞ」
こちらが何か言う前に、口早にそう言って、染岡くんはそそくさと自分の席へと戻ってしまった。
僕は、顔を窓に向けてこちらを一向に見ようとしない染岡くんの後頭部を眺めながら、先ほど彼の手の触れた辺りが、じんわりと熱くなっていくのを感じた。
