こどもは風の子

廊下の向かいから、ぱたぱたと音を立ててアリエッタが駆けてきた。そんなに慌ててどうしたんだろう。頬や鼻の頭が赤く染まっているのは…たぶん外から戻ってきたからだろうか。足を止めて、ぼんやりとその様子を見つめる。

アリエッタは僕の前で急停止して、荒い呼吸を整えようともせずに口をぱくぱくと動かす。

案の定、息が上手く吸えないようで満足に喋れていない。吐き出される白い息が外の寒さを物語っていた。

「シンク! そと、外が…!」

どうやら言葉に出来ない分、両手をばたばたと動かして僕に何かを伝えようとしているようだ。…が、残念なことに何が言いたいのかさっぱり分からない。

「…とりあえず、一回深呼吸したらどう?」

「はっ、はいぃ…!」

すう、はあ、と何度か深呼吸をしてようやくアリエッタは落ち着いたようだ。再び顔を上げて「窓から外見てみて! すごい、です!」顔を輝かせて、窓を指差してそう言った。

言われた通りに、曇った窓ガラスにそっと指を這わせて、覗き込む。すると、

「……雪?」

「ほら、真っ白! 昨日はなかったのに!」

見渡す限り、何処までも銀色の世界が続く。雪なんて珍しくもないが、一晩でここまで積もったのには…さすがに僕でも驚いた。

「へえ…すごいね」

「だから、シンク…あの、…」

「ん?」

控え目に裾を引きながら、アリエッタが上目遣いで見上げてくる。言いかけては口ごもって、なかなか続きを言おうとしないけど、まあ…今度はなんとなく分かった。

「いいんじゃない、遊んでくれば? 朝食にはまだ少し早いし」

「ホント…?」

いちいち僕に確認を取らなくてもいいと思うんだけど。頷くとアリエッタはぱあっと顔を輝かせる。

……そういうとこがホント単純だよね。ま、いいけどさ。

ふうん、アリエッタは朝食まで雪遊び、か。…よし、じゃあ僕は暖炉にでもあたりに行こうか「な、……え…?」アリエッタに背を向け再び歩き出そうとしたとき、背後から獣の唸る声が、聞こえた。なんだかすごく…嫌な予感がする。まさか…ねえ、

「嘘、でしょ…」

「良かったねみんな! シンクも一緒に遊んでくれるって!」

「みん、な…?」

「うん! アリエッタのお友達!」

後ろを振り返ると、そこには魔物…厳密に言えばアリエッタのトモダチだそうだが…まあ、そいつらが、いた。ギラギラとした魔物特有の鋭い瞳が皆、僕に向けられており、思わず一歩後退った。

「ありがとうシンク、みんな喜んでいるみたい!」

アリエッタが笑顔で、僕の腕を取る。

…いや、いやいやいや違うでしょっ?! 僕行かないし! あいつら喜んでるってよりも唸りながらにじり寄って来てるし!!

「たくさん足跡つけてこようね、です! みんなも早くシンクと遊びたいって!」

「あ、アリエッタ…ちょっと待っ、」

「アリエッタも、シンクと遊べてうれしいです!」

「うっ…」

……だから、その笑顔に弱いんだってば、僕。

どうして結局いつも、僕はアリエッタの願いを断れないんだろうか。ああああこれってもう完全に、アリエッタのペースじゃないか……。

溜め息をつく暇もなく、僕たちは(おそらく僕だけに向けられた)敵意剥き出しのライガたちの鋭い咆哮を合図に、外へと駆け出すことになった。