3時のおやつ

あーっ! と耳に障る甲高い声が部屋中に響き渡る。ちょうどフォークに差した一口分のケーキを口にしようとしていたシンクは、声の主…アリエッタのいる扉の方へと目を向けて、口を開いた。

「何? やかましく声上げたりなんかして」

言いながらフォークを口に運ぶ、と更にアリエッタは声を上げるのだった。その大きさにどきりとしながらもシンクは咀嚼を続ける。

「あっ…あーっ! 食べたぁあああっ!」

…だからなんだ。

せっかくの休暇、せっかくのおやつなのだ、アリエッタなんぞに邪魔されたくらいじゃ食べるのをやめたりしない。口に広がるイチゴと生クリームの味を堪能しながらシンクは眉を寄せた。

そして二口目にいこうとしたところで、アリエッタがぼろぼろと涙を溢していることに気付いた。その様子にはさすがにシンクも狼狽えた。ここで大声で泣き出してラルゴやらディストやらを呼び出されては、圧倒的不利になるのはこちらだ。面倒なことには巻き込まれたくない。シンクは静かにフォークを置いて、アリエッタに向き直った。

「ねぇ、何で泣いてんのさ?」

「うぅ…ひっく、だってぇ………シンクが、…食べちゃったから」

「何を?」

ぎゅう、と抱えたぬいぐるみに顔を押し付けながら、アリエッタは震える指でケーキを差した。

なんで僕がケーキを食べるとあんたが泣くの?

ワケが分からない、という顔をしているのが果たしてアリエッタに見えていたのか……か細い声で、アリエッタはこう言った。

「アリエッタの、ケーキ」

「…は?」

更に眉を寄せて聞き返しすと、何がアリエッタに火をつけたのか…、勢いよく顔を上げて、潤んだ瞳でシンクを睨みながら捲し立てた。

「それ、アリエッタのだもん! リグレットから貰ったアリエッタのケーキだもん!」

「はぁ!? どこにアリエッタのケーキだって証拠があるのさ? 名前が書いてあったとでもいうの? 馬鹿じゃないの? だいたいそんなに大事なら誰でも開けられる冷蔵庫とかに入れないでよ!」

売り言葉に買い言葉。頭にきたのかアリエッタ以上に捲し立てたシンクの言葉に一瞬、アリエッタは怯む。だが、それを隠すように、アリエッタは更に大きな声で言った。

「…名前なら、ちゃんと書いたもん!!」

「…どこに、」

「これ! ちゃんと“アリエッタの”って書いたもん!」

アリエッタの示したのはケーキの周りを包んでいたビニール。…確かに、食べる前にも、そこには黒い何かが書いてあったとはシンクも思った。思ったが…、

「は、はぁ…!? こんな落書きみたいなでたらめな線読めるわけないじゃんっ!」

「でも書いたもん! 他の皆は食べなかったもん!」

どうやら納得のいくものではなかったらしい。本人も気付かぬうちにシンクの口調がどんどんキツくなっていく。

「馬っ鹿じゃないの! あんた文字くらいちゃんと書けないの? どこをどうやったら“アリエッタの”って読めるのさ!? 僕じゃなくたって読めないよ! ケーキはもう僕が食べたんだから、僕のものだよ。ちゃんと分かるように書けなかったアリエッタが悪いんだから。アリエッタが諦めなよね」

言い返せないアリエッタの表情がみるみるうちに萎れていく。

シンクは再び泣き出しそうなアリエッタを無視してケーキを食べようとしていたが、部屋が妙に小刻みに揺れていることに気付いた。

嫌な予感がして、アリエッタを見るが…既に遅かったようだ。詠唱を終えたアリエッタがきっとシンクを睨み付けた。

「アリエッタ…? ちょっと待っ、」

「…シンクの、シンクの、馬鹿ぁああああああ!!」

シンクはケーキを庇うのを諦め、これから来るだろう衝撃に備えて慌てて身構えた。…が、それはしばらく待っても来る気配がなかった。顔を上げると、

「こら! 二人とも! 何をしているっ!」

寸でのところでアリエッタを気絶させたリグレットがいた。

2つの皿に、二人分に切られた一人分のケーキ。その前に座る、あからさまに不機嫌なシンクと泣き腫らして目の赤いアリエッタ。

結局どちらも譲らなかったので“ケーキを半分こ”という結論をリグレットに出されたのだ。だが今回の騒動はシンクの対応が悪かったということで、シンクの取り分は明らかに少ない。ケーキの上の、ひとつしかないイチゴは当然アリエッタの皿の上だ。

半分こというよりは、3:7である。

「……アリエッタはシンクよりお姉さんだから、今日はこれで許してあげます」

「あっそ!」

不機嫌そうに思い切りそっぽを向いてアリエッタから顔をそらしたが、シンクとて罪悪感がないわけではない。たかだかケーキで大人げないことをしたと多少は思っている。

自分の皿に乗ったケーキは、一口で食べてしまえそうな大きさだった。フォークでそれをつつきながら、シンクはしばらく考えていた。

「…アリエッタ、」

「何?」

「こっち向いて」

「何、ですか?」

「口開けて」

「ん? …はい、」

言われるがままに開かれた口に、自分の一口分のケーキを押し込む。少々乱暴に入れたのでアリエッタの口の周りには生クリームがべったりついたが、シンクは気にせずフォークを引き抜いた。

「むぐ、……あにひゅるの、ひんく」

「もともとアリエッタのだったんでしょ? 返すよ」

それだけ言って、さっさと部屋を出ていこうとしたが、何か思い出したように立ち止まる。

「……文字の書き方くらいなら、別に教えてやらなくもない」

「えっ?」

「今度また変な書き方してみなよ。そしたらまた僕が食べるからね」

そして今度こそシンクは部屋を出ていった。

アリエッタはしばらくぼんやりと扉を眺めていたが、思い出したように口の周りの生クリームを指で掬う。

指先に付いた生クリームをじっと見つめながら、先程のシンクの行動を思い出していた。

「…変なシンク」

首を傾げながら、アリエッタは生クリームを舐め取った。